毎度のことだけど、とてもおかしな法案が可決される。
おかしな法案が、おかしな形で可決される。
政治家と呼ばれる人たちの言動が年々おかしくなっているけど、この三年間で過激にエスカレートしたと感じてる人は世界中にいる。
そもそも国会なんて、児童会や生徒会みたいに、皆フルタイムで仕事をする上で、尚且つ皆のために「余分に」働くことを「買って出る」ぐらいがちょうど良い。
ってわたしは思うよ。
だから報酬も月々ほぼ経費のみ。
だって皆仕事してて、「食べていくため」にやってるんじゃないから。
フルタイムで仕事してる上、皆、誰かの親であり、子であり、友人であり、恋人であり…、だから、夕方7時以降は仕事しないし、当然ノーパンしゃぶしゃぶもない。
ひとりひとり、自分の個性や自分の時間も大切にしてるから、当たり前だけど、他人の個性や時間も大切にできる。
ああ、飛行機に乗った時に聞く、安全点検の酸素マスクをいつも思い出す。
自分もマスクつけてから他の人の介助をしてくださいねー!ってやつ。
愛にも金にも飢えたような餓鬼がやるのでは、破綻するに決まってる。
まずは自分の中の容器を満たしてから。
ね。
変わり者=賞賛、である水瓶座のわたし。
最近出会った人に、「でも、こんなに変わってるとは思わなかったよ」と清々しく言われた。
「変わってるってさ、具体的にどういう感じなのか教えて」と、言語能力高めな双子座であるその人に、無邪気に絡むわたし。
ごにょごにょ、しどろもどろした後に、「ま、量産系女子じゃないわな。www」と言われた。
「あんたこそ、量産系男子でも普通常識人でもないやろー!」とツッコミを入れたのはいうまでもない。
量産系女子にも、変わり者にも、はっきりした定義はないけれど、要するに少数派、ということだねと思う。
わたしは誰かと一緒の服とか髪型といった持ち物はもちろん、選択や思考に至るまで、誰かと一緒じゃない方が心が平和だ。
そうはいっても、昔、もっと若い頃は、冒頭のようなことを言われたら、自分なりにスローダウンしてみたり、わざと多数派に寄り添うようなそぶりを見せたりしていた。
といっても、「これ多数派だろう」というわたしの見込み自体、少数派なわたし自身の見立てによるものだから、ちょっとおかしなことになっていたよ。
また、逆に没個性な気がした時は奇を衒った言動をしたりして、変な感じになってたこともあったなぁ。
そんな風に紆余曲折を経てたどり着いた先は、変わり者だろうが、なんだろうが、わたしらしくしていたらそれが個性なのだというもの。
確かに、少数派か多数派かというのは集団の中にはあるけれど、それはしょうがない。
だから堂々としていれば良い。
日本で教育を受けて、日本の社会を出たことがないと、合図をまってしまいがちだけど、合図は永遠にこない。
そもそも、皆、違うのだから、合図で動くなんて不自然でしかないのだ。
まずは自分の容器を満たす、のだ。
さ、仕上がりました。
なかなか難しいアングルだった。
拡大してタッチを見ると、自分でも「上達したなぁ」と思う。
楽しい。