Ray of Sunshine

自分を愛せるようになるエネルギーヒーリング、「自分がどう思うか?」 「自分はどうしたいか?」 「自分はどう感じたか?」 ​という視点で色々なことを書いています。

かわいそうだと認定されたい?とても不自由なプログラミング

私のところへいらっしゃる方の中にも、ありとあらゆるカウンセリング、ヒーリング、セラピーの類を渡り歩いてきたという人たちが、結構いらっしゃいます。

だから私がホンモノなんだ!とか、言いたいわけじゃなくて、そういう人たちを、熱心に色々な施術を受けてきた人たちを、私は「なぁんだ…」とシラケさせる、いや、目覚めさせるらしいんです。

この「なぁんだ…」の後に続くセリフは、「私、大丈夫だったね」とか、「そうか、そういうことだったんだ…」とか、人と場合によってバリエーションがあるけれど、

本質的にこういうことです。

ー自分が問題だと信じていたことは、問題じゃなかった。
ー寧ろ、事の本質は、別のところにあり、それは、簡単じゃないかもしれないけれど、変えられることだった。
ーつまり、今、すぐにできることがハッキリと見えた!
ーとてもシンプルだった!!

そういうことです。

全ての人がそうではありませんが、いろいろなセラピーを渡り歩いて、何かを積み上げているような人の多くは、

自分が頑張っていることや、自分がかわいそうな立場にある(もしくはあった)ことを、認定してほしいのです。

そんなの友だちでもできるでしょ?と思うかもしれませんが、

「大変だったわね」とか「なんてかわいそうなの!」とか、それに似たことを、一応プロとして、お金をいただいて仕事をしている人間から言われるのは、

内科で診断を受け、悲惨だけど病名を宣告された時の、または「何でもなかったですよ」と言われて安堵した時の、「ホッ」とする感じと似ているのです。

こんなプログラミングを、被害者意識と言います。

これは、何かの被害や犯罪に遭った人とは、無関係です。(念の為)

エネルギーヒーリングにおける被害者意識、または被害者というプログラミングは、そのプログラミングが、本人の知らない内に作動し続ける限り、その人を一生自由になれなくします。

常に、何かや誰かの手中で生きるという、仮想空間に、その人を閉じ込めちゃうわけです。

そんな被害者プログラミングの代表が、「かわいそう」です。

被害者プログラミングが作動している時、人は、他の人たちも、自分同様「かわいそう」で「恵まれない」存在にしようとします。

この被害者プログラミングの変形が、「やればできる」です。

「本当はできる子」みたいなレッテルを貼られた人は、「かわいそう」というレッテルもついてます。

この渦から抜け出すのは可能です。

それは、あなたが気づくこと。

気づきは、人によって受け止め方も様々ですが、ヘビーです。

私も最初はヘビーでしたが、途中から、ヘビーのメーターが振り切ったのか、何なのか、笑ってしまうようになりました。

おかしすぎるっっ!みたいに、笑い転げちゃうんです。

「私、何やってたんだろう?」って。

そうやって方向転換すると、周りのプログラミング全開の人たちによる「かわいそう」圧や、
「私、かわいそうなのよ!」という欲求にも気づかされ、改めて、この被害者文化が、いかに蔓延してるか気付けます。

このプログラミングが全開している時、人は、同じように誰かを、そこ(被害者モード)に、繋ぎ止めようとします。

Takerですね。

自分のことを弱くて、かわいそうな存在だと信じている内は、決して、新しい現実をクリエイトできません。

新しい現実、自分の望む現実をクリエイトできるのは、Creatorだけです。

Takerじゃなくて、Giverでもなくて、なるならCreatorだという話は、こちらから読んでみてください。

www.kaekonakagawa.com

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